2007/07/01

『空砲』

 幼い頃、空砲の音は、楽しいことが始まる合図だった。小学校の運動会、神社の祭り。朝の空を渡る、清々しく乾いた音。聞く者の意識を一つにまとめ上げ、躍動へと続くもの。
 でも、雨音のする今日は、終わりの合図でしかない。辺りに鳴り響く一つずつの空砲が、私の精神を着実に追い詰めていく。早く、この悪夢から覚めたい。本当は、今日は祭りの日に違いない。きらびやかな神輿が屈強な男たちに担がれていくのを見ながら、妻と並んで石段に座り、焼きそばを食べるのだ——。
 同じように乾いた、しかしより重たい反響を従えて、音が鳴った。私の番だった。


 私が空砲を聞くことは、もう二度と、ないだろう。
 次の瞬間に、動は、待っていない。

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2005/11/23

冬ノ花(短編)

 ふと窓の外を見ると、何か白いものが降っていた。私は、
「あら、寒いのに、桜の花かしら」
と口にした。すると、彼が隣に来て、
「君はまだ雪を見たことがなかったね。これは雪というんだよ」
と教えてくれた。
「そうなの。知らなかったわ」
そう答える私の心臓は、何故か鼓動が早まって、体中が熱かった。

 二人で外に出てみると、庭の木々も隣家の屋根も、全てに砂糖がまぶされているかのようだった。手のひらに乗せてみると、冷たい感触がして、次の瞬間には水になってしまった。
「雪って融けてしまうのね」
そう言いながら、隣で同じように手を差し出している彼を見た。やっぱり、彼の事が好きだ。一緒に同じ雪を眺めていられるなんて、嬉しい。

 降り止まぬ、この白い花びらは、たとえ形を無くしたとしても、私と彼の心の中へ融けていって、私たちを通じ合わせていてくれる。何と素敵な花なのだろう。

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